薄幸女優としての地位を確立している演技派俳優・木村多江(きむら・たえ)さん。
2024年現在では、俳優としてだけでなくバラエティ番組や教養番組など幅広い番組に出演しています。
しかし、そんな木村多江さんにも過酷な下積み時代があったのだとか!
しかもアルバイトを4つも掛け持っていたという話もあります。
そこで今回は木村多江さんの下積み時代はいつだったのか。
また、出演作品やアルバイト先など売れるまでを徹底調査しました。
ぜひチェックしてみてくださいね♪
木村多江の下積み時代はいつ?アルバイト先も調査!
木村多江さんの下積み時代は
27歳ごろまでだそうです。
高校卒業までは名門お嬢様学校に通っていた木村多江さんは、役者に憧れて父親の反対を押し切って専門学校へ進学。
レッスン費のために深夜までアルバイトをする日々を送る生活になりました。
そんな木村多江さんの下積み時代について詳しく調査しました!
▶︎関連:木村多江の生い立ちが壮絶!母親への罪悪感が薄幸女優を形成!
木村多江の下積み時代は27歳ごろまで(〜1998年)
木村多江さんは高校を卒業して専門学校に進学した後からフリーで役者活動を始めました。
24歳までは舞台での活動を行っていましたが、徐々にテレビの活動も始めたのだとか。
しかし、27歳くらいまではなかなか軌道に乗らず断続的ではありますがアルバイトをしていたそうです。
実は、習い事も20代はダンス、バレエ、タップ、歌、芝居と5つのレッスンを掛け持っていましたが、21歳で父親が急逝したことで経済状況が悪化。
レッスン費用だけでなく生活費のためにも朝から晩までアルバイト、レッスン、オーディション、舞台と多忙だったそうです。
高校卒業~24歳までは、テレビではなく舞台をずっとやっていたんです。アルバイトをしながら役者業に励んでいました。24歳からはテレビの仕事も始めたんですが、それでも27歳くらいまでは、断続的にですがアルバイトを続けていました。
引用:楽天ブックス
木村多江の売れない時代のアルバイト先は?
木村多江さんはこれまでにかなり多数のアルバイト経験をお持ちだそうです。
<木村多江のアルバイト先>
パン屋
ホテル配膳スタッフ
レストラン
コーヒーショップ
知育研究所
具体的なアルバイト先は公表されていませんが、人を観察しているのが好きで接客業を中心に選んでいたそうです。
どんなアルバイトでも辛いと思ったことはほぼなかったそうですが、1回だけ祖父が急逝して連絡したところアルバイト先の店長に不機嫌そうに対応されたのだとか。
木村多江さんはそのまま切電!
再度かけた時に「そんな人の気持ちが分からないようなところではもう働けません!」ときっぱり辞めたそうです。
様々なアルバイト経験を演技に活かし、現在の幅のある演技力を身につけたようです。
木村多江さんの下積み時代のお話をエッセイにした本「かかと」も「あっけらかんすぎる」「意外性があり面白い」と高評価でした!
気になる方はぜひチェックしてみてくださいね。
今思うと、たぶん店長も、何度もそういうウソをついて急に休まれた苦い経験があったのではと思い当たるのですが。そのときはもうパニックになってしまって、ガチャン!と電話を切ってしまい(笑)。その後、もう一度電話をして「そんな人の気持ちが分からないようなところではもう働けません!」と。
引用:楽天ブックス
木村多江は下積み時代にチケットを手売りしていた
なんと、木村多江さんは下積み時代に舞台のチケットを手売りしていたそうです!
しかも全てに手書きのお手紙までつけていたのだとか。
そして、木村多江さんの母親は19歳の時の木村多江さんの初舞台の当時のチケットや手紙を大切に保管しているとのこと。
2024年3月8日放送の「A-Studio+」で、初耳だったと木村多江さんはとても驚きながら喜んでいました。
木村多江のブレイクきっかけ作品は「リング」
そんな木村多江さんのブレイクのきっかけは1999年のドラマ「リング〜最終章〜」「らせん」の山村貞子を演じたことです。
その後も末期がんに侵されたキャリアウーマン、誘拐犯などを演じ、“日本一不幸が似合う女優”や”薄幸女優”と呼ばれて売れっ子に!
しかし、この下積み時代から売れっ子になっていった20代後半は多忙すぎて睡眠時間1~2時間しかなかったそうです。
木村多江の売れない時代の出演作品は?3選を時系列で紹介
木村多江さんは、24歳までは舞台で活動していました。
そして、96年にテレビドラマに初出演し、97年には「MOROCCO ヨコハマ愚連隊物語」で映画デビューを果たしました。
そんな木村多江さんの下積み時代の作品を3つご紹介させていただきます。
<木村多江の下積み時代の作品>
・舞台:美少女戦士セーラームーン(1995年〜1996年)
・聖龍伝説(1996年)
・GTO(1998年)
役柄などを以下でご紹介させていただきます。
舞台:美少女戦士セーラームーン(1995年〜1996年)
下積み時代の出演で最も人気があるのは、1995年〜1996年の舞台「美少女戦士セーラームーン」への出演ではないでしょうか。
木村多江さんは、舞台「美少女戦士セーラームーンスーパーズ 夢戦士・愛・永遠に」にて、フィッシュ•アイ役で出演。
演技だけでなく、玉のりやダンスなど今の木村多江さんからは想像できないほどアクティブな役だったようです。
聖龍伝説(1996年)
木村多江さんは1996年にはドラマ「聖龍伝説 LEGEND of St. DRAGON」に高柳先生役で出演しました。
GTO(1998年)
そして、なんと1998年にはドラマ「GTO」にも夏目みゆき役として出演。
ヒロイン冬月あずさの良き理解者として、明るく快活なキャラクターを好演しました。
木村多江の下積み時代はいつ?出演作品やアルバイト先まとめ
今回は、俳優・木村多江さんの過酷と言われる下積み時代はいつなのか。
また、出演作品やアルバイト先など木村多江さんが売れるまでを徹底調査しました。
木村多江さんの下積み時代は
27歳ごろまでだそうです。
高校卒業後に演技の専門学校に進学し、24歳までは舞台で活動していたそうです。
徐々にテレビや映画にも出演していきましたが、27歳くらいまでは断続的にアルバイトをしていたそうです。
木村多江さんは、人を観察するのが好きで接客業を中心に様々なアルバイトを経験してきたそうです。
<木村多江のアルバイト先>
パン屋
ホテル配膳スタッフ
レストラン
コーヒーショップ
知育研究所
そんな木村多江さんの下積み時代の作品を3つご紹介させていただきました。
<木村多江の下積み時代の作品>
・舞台:美少女戦士セーラームーン(1995年〜1996年)
・聖龍伝説(1996年)
・GTO(1998年)
幅広い役柄をこなしている木村多江さんは、過酷な下積み時代のおかげで形成されたのですね。
これからもさらなる活躍が楽しみですね♪
では、ここまで読んでいただきありがとうございました!
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